声色十色と恋の色』〜とと花
























「花、いるか?」
「え、あ、はい」

 扉越しに、いつもは怒ったり、ときには偉ぶったりする彼の声が聴こえた。

「雨上がったし、出掛けないか?」
「ごめんね仲謀、用事があって・・・」

 珍しく温和に誘ってくれてるけれども、彼女には先約がある。
 謝っても普通なら了解してくれるまで時間が掛かるのに、返事が来ない。

「仲謀?」

 何も言わずに去ったのかとも思い、名を呼んで扉を開ける。
 するとそこにいたのは王子ではなく、やんわりと微笑んだ公瑾、その人だった。

「花」

 先約と言うのはこちら。
 共に時間を過ごしませんかと言われ、快諾して、約束していた。

「あれ?公瑾さん??」
「はい」

 後ろにでも仲謀が隠れているのかなと姿を探す。
 探すよりもここにいた彼に聞いたほうが早いと気付き彼女は顔を上げる。

「今、仲謀が・・・」
「見てませんよ?」

 いませんでしたか?と言葉を続けようとしたら、それをも遮り、さも分かっているかのようにしれっと言い切った。 

「え?」

 にっこりと目は細いまま。

「まさか・・・」

 にこにこと口角も上がる。

「公瑾さんの・・・?」

 そういえば目の前にいる彼の特技は「声真似」だと思い出した、彼女はまさかねと視線を寄越した。すると

「見事に騙されましたね」
「!!」

 その「まさか」で、彼はその笑顔を隠そうとしなかった。

「雨で退屈なさってるようでしたので余興です」
「ほんっとに仲謀かと思ったんですからね!」

 力いっぱいに彼女は言葉をためると、噛み付くかの如く彼にほえた。
 その叫びも可愛いものと、彼はよりいっそう機嫌を良くした。

「ええ、仲謀様の声真似は研究尽くしておりますので」
「公瑾さん・・・」

 声真似を特技とする彼曰く、君主にあたる仲謀の声真似が一番自信を持っている。
 何年も聞いてきた君主の声の機微な詳細を理解している彼だからこそ、その特技が成り立っている。
 頬を膨らませた彼女を前に、彼は肩の力を抜くと穏やかな声音で囁いた。

「私との約束を優先していただいて、安心しました」
「・・・ヒドイです」

 演じた仲謀に誘われず、先約である自分との約束を優先してくれた、その事実を目の当たりにしてぽっと心が温かくなっていた。それでも彼女は顔を背けてぽつりと機嫌悪くひと言。

「花」
「・・・」

 元はといえば彼の悪戯が過ぎた。
 可愛い彼女の拗ね方に柳眉を下げると、優しげな瞳に掛かる前髪をかきあげて柔らかな低音で彼女に囁いた。

「こちらを向いてはくださらないのですか?」

 あちらに向いた彼女をどうやって取り戻そうか、策を巡らせようにも恋愛の駆け引きなどは手馴れておらず、心が静かにざわついた。思いついた片っ端から試してみようかとも思い逡巡していると、彼女は大喬や小喬のそれに近い幼い声で口を開いた。

「お菓子!」

 ??? 瞠目してそれに応答する。

「はい?」
「お菓子を買ってくれれば許してあげます」

 まだあちらを向いたまま。
 それでも彼女の手はこちらの着物の裾を握り締めている。
 愛くるしいその手を重ねて握る。

「・・・はい、では一緒に買いに参りましょう」

 と、彼女の髪に唇を落とすと、ばつの悪くなった表情が振り返る。

「ね?」

 向いてくれればこちらのもの。
 やんわりと持ち前の形のいい口許を上げ、今まで以上に印象が良くなったと言われている目許も細める。真綿で包むように腕を伸ばし、彼女は嘆息をつくと了承した。

「・・・はい」

 篭絡されたのはこちらなのに、彼女はこてんとこちらに寄り掛かった。
 さて、どちらに軍配が上がったのか。